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予選2回戦 グループH やる気のない葬式でのモモスさんの投票先一覧
お題
スタッフも参加者も完全にやる気のない葬式
TOEIC5点さんの回答
今回の葬式も、何事もなく執り行われていた。
僕は、七歳の頃に、母を失った。交通事故だった。
夜になっても帰ってこない母親を待って、待って、待ち続けて。
気がついたのは、三日ほどしてからだった。
父親がただ無言で、僕を抱き締めて泣いていたので、もう、認めるしかなかった。
僕も一緒に、たくさん泣いた。
その後の葬式は、あまり覚えていない。ほとんど寝ていたから。
泣き疲れた子供は寝るのが仕事だった。
でも、糸の切れた人形みたいなお母さんに触れて、骨になったお母さんをつかんで、とても怖かった。
自分も、いつかはこうなるんだなって。
その日はたくさん吐いた。
自分が自分じゃなくなって、忘れられて、死ぬのが怖くなって。
だから、お母さんのことは、絶対に忘れないようにした。
ずっと、お母さんはお母さんのままで居てほしいから。
その後父にも先立たれた。心臓病だった。
気付けば、僕が描いていた幸せは、過去に置き去りにされたまま。
前に進むことも、出来やしなかった。
僕は、全ての涙を両親に捧げた。
気付けば、三回目の葬式。
だからと言うわけでもないが、今、涙が出ることは、滅多に無くなった。
まあ、事前に泣き尽くしていた、というのは置いておいて。
でも、今では葬式で泣き疲れることも無くなった。成長したと言える。
ただ、起きてるのも退屈なので、昔の自分を羨ましくも思った。
いっそのこと、お経に小粋なラップでも被せてやろうか、そんな風に考えていた時だった。
──ねっ、暇でしょ。
後ろからバカが話しかけてきた。
──かくれんぼ、しよっか。昔みたいにさ。
(バカでしょ。ほら、ちゃんとお経聞いてるから。)
──あそこ、見て。祭壇の花の中。
(……あれ、僕が昔無くしたチョロQじゃん)
──がんばって見つけたんだ。凄いでしょ!
(はいはい。凄い凄い。)
──フフン!じゃあさ、あそこ!棺桶の近く、探してみてね!
(……仮にも死んだんだよ、縁起悪いって。それで、何を隠したの?)
──それはね、宝物。
(……うん、分かったよ。)
暇潰しにもなるし、祭壇に目を凝らしてみる。
写真には、僕と同じくらいの年齢の女の子が写っていた。
悠。
幼馴染で、両親を失ったときも、ずっと側に居てくれた。
私は、僕のために、一緒に生きてあげるって約束してくれた。
でも、一年前、悠が病気だと知った。余命三ヶ月だった。
たくさん調べた。悠の家族と一緒にたくさん走り回った。
でも、結局は治らなかった。
これだけ長く生きたのは奇跡だって言う。
そんな奇跡が起きるなら、最初から、健康で居させてあげてほしかったな、神様。
まあ、過ぎたことより、今はかくれんぼだ。棺桶に目を向ける。
あいつはもっとカラフルな花が好きだったとか、正面からよく写真をとれたなぁ、とか、色々考えながら。
……あった。いや、なんでだ。
(棺桶にプリクラ貼るなよ…)
──えへへ、ずっと取っておいたんだ~
学校をサボって、二人で撮ったプリクラ。
あの時は、楽しかったな。最後はクレーンゲームがやめられなくて、帰りの電車賃まで溶かしちゃって、二人で競争しながら帰ったっけ。
(これから燃やすんだよ、いいの?)
──いいの。そうしたら届くでしょ。
(そっか。天に行くんだ)
妙に納得してしまった。そういえば、燃えたら全部が天に昇っていくのかな。
少しくらい、残してくれないかな。
そうこう考えているうちに、献花の時間だろうか。順番に花を持って棺桶に向かっている。
──じゃあ、そうだ!私が隠れるからさ、十数えて!
(いーち、にーい、さーん、しー、)
心の中で数字を数えながら、僕は席を立つ。
(ごー、ろーく、しーち、はーち、)
──ずるいよー!数えながら歩いちゃダメー!
騒がしい声を無視して、なるべく笑顔で歩いていく。
(きゅー、じゅう。)
棺桶の中の、綺麗な寝顔に向かって、
「みいつけた」
小さな声で呟いた。
数週間前。悠が幽霊になったことは、悠自身から知った。
朝起きてすぐに、私、幽霊になっちゃったよ~、だなんて元気な声が後ろから聞こえてくるもんだから驚いた。
寝たきりだった、ずっと辛そうだったあいつの元気な声が聞こえるなんて思わなくて、自分の頬を殴った。
痛かったし、悠に心配された。
自分の体は大事にしなさいって、病気で寝込んでたやつに言われた。
お前の方こそ大事にしろよって、口にしそうになって止めた。
気持ちが落ち着いてから、ゆっくり悠の話を聞く。
なんでも、急に辛くなくなって、なんか浮いてたらしい。何だそれは。
自由に動けるが、自分の体から遠くに離れることはできないらしい。近所で良かった。
あと、何故か僕にしか声が聞こえないらしい。
後で家族に伝言したいことだったり、色々聞いておこう。信じてもらえるかは不安だけど、伝えるべきだと思うし。
そう言えば、悠が幽霊ってダジャレみたいって言ったら、目覚まし時計で殴られた。ポルターガイスト強すぎる。
もう触れないけど、痛みを感じられただけで、悠が生きている気がした。
それだけで、嬉しかった。
色々伝えなきゃいけないと思って、悠の家族と、お話をしに行った。。
信用してもらうために、色々悠から教えてもらった。
悠だけが知ってる家族のあれこれだったり、携帯のパスワードだったり。
正直、記憶から消したいことばかりだったので割愛しておく。
紆余曲折あったが、悠のことを信じてもらえたので、僕を通して、家族で、長い長い話をした。
昔のこと、今のこと、未来のこと。
お母さんのご飯が美味しかったとか、お父さんの箸使いが汚いだとか、弟の好きな人がバレバレだったとか。
他愛の無いことで、バカみたいに笑って、話し疲れて、悠も、悠の家族も、皆泣いていた。
なんで、泣いているんだろう。
僕には分からなかった。
みんな、生きてるのに。
一通り話が終わり、帰路に着く。
二人きりになった僕は、公園に寄って、悠に話しかけた。
「久しぶりにさ、かくれんぼしようよ。」
まだ、僕は、悠と遊びたかった。
もう、いつもみたいに遊べないことも分かってたかもしれない。
でも、自分に嘘をつきたかったんだと思う。
──いいよ。ええと、どうしたらいいかな
「なんで困ってるの。昔みたいに遊ぼう」
──そうだね。じゃあ、私が十数えるから、そうしたら見つけにいく。
「わかった!」
急いで走り出す。どこに隠れようか。
小さくなった公園を見て、懐かしく思う気持ちが、何故か嫌だった。
いつも通り、滑り台の下に潜り込んで隠れる。
こんなに狭かったっけ。僕は窮屈そうに身を押し込んだ。
いつまでたっても、もういいかいが聞こえてこない。
待ちきれずに、自分から大声で声を返した。
「もういいよ!」
大きな声を出しても、悠の声は帰ってこない。
声、小さいのかな。ずっと病気だったしな。
そんな風に考えながら、ぎゅうっと目を瞑る。
──どこかなぁ~、やっぱりこっちかなぁ~。
声が近づいてきた。悠が、そこにいるんだ。
早く、見つけてほしい。目の前で、笑ってほしい。
──みいつけた!やっぱりここが好きなんだね!
見つかってしまった!
目を開けると、少し草の生えた、砂場が広がっていた。
少しだけ期待していたけど、やっぱり、悠は居なかった。
いつも通りが、いつも通りじゃなくて。
現実を、見せつけられた気がして。
「ねえ、悠は死んじゃったの?」
もう、逃げるのは限界だった。
聞いてしまったんだ。
でも、悠は約束してくれたから、きっと生きてる。
どんな形でも生きてくれるって、信じてる。
──うん。死んじゃった。
でも悠は、冗談みたいに、あっけらかんと言いはなった。
誰でも良いから、嘘だって、言ってほしかった。
お母さんみたいに、悠も、消えちゃうんだって。
変わってしまうのが怖くて、急に立てなくなった。
うずくまったまま、僕は、悠に問いかける。
「なんで、約束破ったの?」
──うーんとね、あれだ!新しい生き方!
「ふざけないでよ。神様って、僕が嫌いなのかな」
──私は優のために死んだってこと?んまぁそれも良いかもね
「良くない。全部僕のせいだ」
──じゃあ、君のせいにする!んで私が全部許す!
「死んだのに?」
──死んだからこそだよ!ほら、こんな体験誰もしたこと無いよ絶対!
馬鹿馬鹿しくて、少し笑えてきた。
こんなに人が心を痛めてるのに、当の本人は呑気に過ごしてる。
──ね?かくれんぼ、まだするでしょ?ほらほら、じゃあ次は私が隠れるからね!
幽霊は、最初からずっと隠れてるっていうのに。
「見つけられないでしょ、どうせ」
──フフン、これ見て!
自慢げな声が聞こえると、少し遠くで土が巻き上がる。
水飲み場の蛇口がひねられ、噴水みたいに吹き上がる。
全部が竜巻みたいに渦を巻いて、少しずつ丸まっていく。
やがて、大きな泥団子が出来上がっていた。
──これなら、見つけられるでしょ!
なんていうか、小学生が宝物隠すみたいだ。
でも、こうやって僕のために、用意してくれるのが嬉しくて。
「ありがとう、本当に。」
──ほら!全部忘れて楽しもうよ!早く十数えて!
言われるがままに、僕は目を伏せる。
「もういいかい!」
──もーいーよ!
「みいつけた!」
涙も枯れ果てて、辺りが暗くなるまで、僕らは遊び続けた。
……暇なときは話して、飽きたら遊んで。そんな風に日々を過ごしていたら、いつの間にか告別式が始まっていた。
正直、やる気なんて無い。こんなの中止にでもして、二人で遊んでいたい。
終わりを、考えたくないから。
棺桶で安らかに眠る親友を見て、複雑な気持ちになる。
──ねえ恥ずかしいって!ちょっと見すぎ!
目の前に死んでるやつの楽しげな声が、後ろからずっと聞こえてくるから。
死んだ事実は多少飲み込めたのだが、当の本人のせいでどう反応して良いのか分からなくなる。
けれども、自分がすべきことは、分かった気がする。
(ありがとう)
花を一束、悠の体の後ろに隠してあげる。
(また、かくれんぼしようね)
笑顔で、目をそらした。
最後まで、顔を見続けられなくて。
もしかしたらって思ってたけど、これからのことを考えたくなくて、早歩きで席に戻った。
悠に話しかけられた気もするけど、頭に全然入ってこなかった。
──あのさ、優。
告別式が終わって、何かを察したのか、悠が優しく声をかけてきた。
──もしかしたら、最後かもしれないから、言わなくちゃって思って。
そう。これから、火葬があるから。
(うん。やっぱり、悠が燃えたら、会えないのかな)
悠は、自分の体から離れられない。
悠が火葬されたら、そのまま天に昇っちゃうのかな。
いや、きっと、そうなのだろう。
これ以上の奇跡を望むのは、欲張りだから。
──約束、したでしょ。生きてあげるって。
でも、悠はもっと欲張りだった。
死んだのに、生き続けてる。
(嘘つき。もう破ってる)
──いいや、これからだよ。火葬が終わったらさ、私を見つけて。
(もう、かくれんぼは終わりだよ。見つけたんだから)
──まだ、見つかってないよ。いい?ずっと、悠のそばに隠れてるから。
何を言っているのか、分からなかった。
でも、自身ありげなその声が、僕を安心させてくれた。
──だから、また私を見つけてね。約束だよ。
(うん、約束。)
一通り式が終わり、火葬のために、棺桶と共にバスに乗る。
久しぶりに、僕らが過ごしてきた町並みを二人で眺めては、懐かしんだ。
やっと周りが見えるようになった僕は、悠と過ごした町が、こんなにも狭いものだったのかと感じた。
これから、更に狭くなっていくのかと思うと、幼かった自分が本当に羨ましい。
変わらないまま居られる悠のことも、羨ましい。
このまま居てくれたら、だけれども。
──公園、こんなに狭かったっけ?私たちも大きくなったね!
(悠はもう大きくならないけどね)
──えー、大人になれないのってつまらない~
(僕は悠が羨ましいよ。ずっと昔のままでいたい。悠がいる昔がいい。)
──うん、楽しかったね。でもね、大人になるって、案外悪いことじゃないよ?
(悠がいなくても?)
──私のことは一旦抜き!てか居るから!あのね、楽しいことはたくさんあるんだよ!かくれんぼもゲームも、楽しいことはあるけど、もっと広い世界を見れるようになるんだよ!知識も経験も、時間をかけてたくさん積んで、世界を楽しめる大人になろうっていうか、さ!
(つまり、どういうこと?)
──そう!私も一緒に大人になる!だから、優も大人になろ!
(燃えたら、消えちゃうのに?)
──もし、声が聞こえなくなっても、ずっと一緒だから!ずっとそばで、優のこと見守ってあげる!大人になって、お嫁さんが出来て、幸せになっていくのを全部全部見守ってあげる!だから、優は前を向いてほしいの!
僕に、そんなことが出来るんだろうか。
前を向く。そうしたら、悠のことを忘れてしまうかもしれない。
思い出を全部置き去りにして、大人になることが、怖い。
それでも、悠が望んでるのなら。
(うん、出来るだけ、頑張ってみる。)
悠の優しさを、無駄にしたくなかった。
(決めた。最後は、笑顔でお別れしようね。)
別れに、向き合うことにした。
──あはは、そうだね。お別れかぁ。
どこか力の抜けた、悠の笑い声が、すこしくすぐったい気がした。
バスを降りる頃には、昔話もひとしきり終わって、少し大人になった気分だった。
(降りたら、もうお別れだもんね。)
──そうかもね。
はぐらかしてるけども、たぶん悠も、分かってるんだろう。
(あのさ、今しか言えないけど、言うね。)
──うん。
(好きだよ。)
──私も。好きだよ。
(じゃあ、またね。)
──またね。ちゃんと私を見つけてね。あっ!忘れてた!
急にでかい声が頭に響く。
(うわびっくりした!なにさ、急に)
──遺骨!持ち帰ってね!
(えっ、うん)
──んじゃ!
何が何だか分からないまま、バスを降りる。
ちょっと待て。最後の言葉が遺骨持ち帰ってね、は締まり無さすぎるな。
まあ、それくらいが良いのか。
また、気の抜けた約束を抱えた僕は、また、会えるような幻想を抱いて、歩き出した。
棺桶が、焼却炉へと向かった。
みんなで食事をつまみながら、火葬が終わる時間を待つのだが。
──やばい!めっちゃ熱そうなんだけど私!
……もう、すっかり、死に対する悲しみは吹き飛んでいた。
──てかさ、もう一回言って!好きって!私も言いたいから!ほらほら!
「最後だと思ったからだよ!」
つい、大声を出してしまい、他の人に注目される。
"僕達"を見て、みんながひっくり返っていた。
もう、今までの葬式とか、しんみりした空気とか、全部が台無しだった。
僕は、悠がこのまま、天に消えていくものだと思っていた。
けれども、悠は、ここにいる。むしろ、さっきより元気だ。
細かい理由は分からないが、骨さえあれば、そこを魂の居場所に出来るとかなんとか。
最初に言え。
僕の覚悟を返せ。
なんなら魂が肉体に縛られなくなったせいで、僕以外にも声が聞こえるし、なんならうっすらと見えるようになった。
しんみりと思い出を振り返る予定が、故人を中心にバカみたいに笑い合っていた。
当の本人は火葬の様子を実況し出すし、葬儀屋さんも勝手に混ざってくるし。
遺骨を納める時なんて、スタッフがすごい困惑してたし。
恥ずかしいから見ないで!なんて幽霊が言って、それを聞いたみんなが笑って。
箸でつかむ度にワーワー騒ぎ出す故人が居るのに、悲しい気持ちなんて誰も持てなかった。
骨を酒の肴にでもしてるのかってくらいに、騒がしい宴だった。
祭りが終わって、僕達は家路に着く。
悠は、遺骨を持ち帰った人達のところ、自由に行き来出来るらしい。
今までと違うのは寂しくはあるけども、こうやって、悠がいる。
僕が、悠と遊べる時間は、これからたくさん作れるんだ。
──ずっと生きてあげるって、一緒に大人になってあげるって、約束守ったよ!
「うん。ありがとう。」
──だからさ、優が大人になるの、見たいな!私がやりたかったこと、私がしてあげたかったこと、全部、ぜーんぶ、優にしてあげたい!
「そうだね。がんばる。」
僕も、悠が出来なかったこと、やりたかったこと、全部、代わりにしてあげたい。
大人になれなかった僕は、悠のために前を向く。
少しずつ、大人になっていくんだ。
でもさ、たまには、子供に戻りたいなって思うから。
だからさ。
「かくれんぼ、しよっか。」
これからも、昔みたいに遊んでもいいよね。
3
点
モモス
樹上歌人さんの回答
__『R.U.R.U.(ルル)! いつでもあなたの暮らしのそばに。』
ちょうど飛ばせない秒数の広告が終わると同時に、葬儀場の駐車場に着いた。ワイアレスのイヤフォンを耳から外す。
R.U.R.U.社はロボット製造の第一線で活躍するベンチャーだった。といっても、人間そっくりに働くAIを載せたロボットで一発当てた資本で、種々の分野の一流企業の吸収・合併をくりかえして、いまではもう千人以上の社員を抱える大企業なのだが。
張富(はりとみ)という男が、R.U.R.U.の社長だった。若者がたった数人集まっているだけのオフィスを、世界に名を轟かせる巨大企業にまで成長させた手腕は、工学への深い知見だけにとどまらない。その人づきあいのよさと、爽やかな笑顔を売りにして、みんなの「トミー」として世間でタレント的な人気を得た。
かたやおれはしがないフリーター。じつは高校のときは、おれとトミーは友人どうしだった。買い食いしたり、喧嘩したりして日々を過ごした。対等な関係だったと思う。張富のことをはじめに「トミー」と呼んだのはおれだった。こんな話、いまの友人にしたところで鼻で笑われるだけだから、トミーの話題になっても口には出さないけれど。
きょう参列する葬儀の喪主もR.U.R.U.だった。社長秘書の葬儀らしい。本来は関連会社の役員である親父が参列するはずだったのだが、親父が急な疲労骨折で入院してしまったから、代理で参加することになったのだ。あそこの社長と友達だっただろ、なんて親父は言うけど、親父の十年とおれたちの十年は違う。仲がよかったのなんてずっと昔のことだ、いまとなってはもうトミーは雲の上の人間だった。
なんだか、へんな葬式だと思った。まだ式の始まる時間じゃない。それでもこの規模の葬儀だ、参列者はすでに山のようにいるのに、だれも故人の死を悼んでいる様子がない。それどころかひそひそ数人で会話しているひとたちや、談笑しているグループさえいる。
「うしなった__をロボットに__なんて、社長も趣味がわるい__」
とぎれとぎれに色々なことばが聞こえてくる。R.U.R.U.の内情はよく知らないが、いまではつきあいがないとはいえ、旧友の悪口らしきものを聞かされるのは気持ちのよいものではない。長い道を、自分の席のほうへずんずん進んでいく。
広大な式場の中ほどに、トミーはいた。おれを見てすぐにわかったらしい。意外だった。ひどく驚いた顔をしていた。むこうから声をかけてきた。
「ひさしぶり」
「ひさしぶりトミー、なんだよ、幽霊でも見たような顔して」
「__ううん、なんでもないよ、元気にしてたか?」
「そこそこな__なに、不審者じゃない。親父の代理。怪我しちゃって出られないんで、かわりに来たんだ」
そう説明しても、トミーはまだじろじろ見てくる。
「なんだよ。安物のスーツで悪いね。こちとら社長どのと違って、薄給なフリーターなもんで」
するとトミーははっとしたように、
「いや、そんなつもりじゃないんだ、ごめんな」
そう謝られて思いだす、こいつはこんなに成功者なのに、性格もたいへんよろしいのだ。
「__おれのほうこそ、ごめん」
親しい秘書を亡くしていまいちばんつらいのはトミーのはずなのだから、彼に当たるなんて無配慮だった、と反省する。
そしておれはトミーにこう耳打ちする、
「なあ、おれ、急な代理だったから、故人の顔も知らないんだ」
ぶしつけだけど、ご遺影を拝見してもいいかな? そう伝えるとトミーはなぜかにわかに慌てだして言う、
「遺影なら祭壇に__いや、その、おまえのお父上も秘書の顔は知らないはずだから、見なくても問題ない__彼はずっと社長室でおれにつきっきりだったから、この場でさえ、彼の顔を直接見たことのある人間は多くないんだ」
「祭壇か。そうは言ってもお顔も存じあげないのは失礼だから、見にいくよ__」
「いや! なんだ、彼は人見知りだったから、かえって恥ずかしがらせてしまう、かもしれない」
「なんだそれ」
心配性は変わらないな、と呟き、おれはだだっぴろい式場の、奥の祭壇へと歩きだす。するとトミーが横にぴったりついてくるじゃないか。
「じつは彼の家は黄檗宗の一派なんだ。黄檗宗には『面縁』という思想がある。顔を合わせただけで、人間と人間はこの世での結びつきを強くしてしまう。それが重なって現世への執着につながる。『面縁戒』といって、死後に赤の他人と引きあわせるのをよしとしないんだ」
こちらが小走りになると、トミーも小走りで並走する。
「嘘つけ」
おれはごまかされない。トミーは学生の時分から、いかにももっともらしいほらを吹くのが得意だった。もしそれが事実だったらいちばん最初に言えばよい話だ。それに、そもそも遺影を置かなければいい。
「『弔う』という漢字の字源を知ってるか? 『弔』の字には『弓』が含まれる。儒教の考えかたにおいて、死者はだれしも一張の弓をたずさえているとされるんだ。『弔』の縦を貫く棒は祈る人間を表す。生前に世話になった相手には、死者は現世での幸福を祈りかえす。生前に非道な扱いを受けた相手には、その弓で報いの矢を放つ。昔は殺人事件の裁判のために容疑者を遺体と対面させていた、みたいな話、聞いたことあるだろ? あれはこういう類の信仰に関わってる。生前に面識のない者が葬儀の場で遺影や遺体と対面するのは、不用意に死者に弓を引かせかねない行為として、慣習的に忌避されている。おまえがマナー違反を犯そうとしてるから、それとなく教えてやってるんだ」
「嘘つけ」
おれがフェイントで急に速度を緩めると、トミーもそれに追随する。ここまでかたくなに拒むのは、なにかやましいことがあるのではないかと勘ぐってしまう。
「__おまえは昔から、ほんとうに頑固だ! 頭のネジを締めすぎてるんじゃないか?」
そこまで言われて、頭にきた。頑固でロボットみたいなやつだ、そのくせミスばっかり。仕事ができない。協調性がない。ずっとそう言われてきた。職をいくつも転々として、そのたびに絶望した。トミーまでそうやっておれを否定するんだなと悲しくなった。そしてこう言いかえす、
「あのな、親しいひとが亡くなったんだろ! 明るくいたい気持ちはわかるけど、昔みたいな冗談ばっかり言ってる場合じゃ、ないだろ」
そのとき、トミーは柄にもなくひどく動揺したらしかった。あまりに動揺していたせいで、式の準備のために棺を運んでいるスタッフと、それなりのスピードでぶつかってしまった。これはトミーを駆りたてたおれのせいでもある__とはいえ、そんなことはもはやどうでもいい。
だって。
衝突によって開いてしまった棺。
その棺を覗くと__いや、覗くまでもない。見るからに、完全にずれてしまった蓋が覆い隠していたのは、おれだった。おれの死体だった。
R.U.R.U.社は小規模なベンチャーだった。
社長にはとても信頼していた人間がいた。
高校卒業とともにはなればなれになってしまったが、社長はずっとその友人を自分のそばに置きたがっていた。
だが、その友人は「自分にはつりあわない」などと言って、社長を避けつづけていた。
社長は思いついた。
友人が避けるならば、まったく同じ人間をもうひとり造ればいい。
社長は全霊を尽くして、その友人を完璧に再現したアンドロイドを造った。
そのアンドロイドを自分の秘書にした。
R.U.R.U.社はロボット製造の第一線で活躍するベンチャーへと急成長した。
ある日、その秘書は、暴走するトラックが社長につっこむのをかばって、重要な部位を大破し、機能を停止した。
倒れた棺はほったらかしのままで、トミーはスタッフをいちど裏に帰してから、それらすべての経緯をおれに説明した。
「ロボットの精神はつねにクラウドに同期されてるから、死んだというほどじゃないけれど__精神的な休養の期間は必要だし、このボディは修復不可能なほど破損してしまったから、こうして葬儀をひらいたわけだ」
ふーん。迷惑なやつだ。こんなに参列者のやる気がないのもしかたがない。
「でもさ、おれみたいな秘書がいたってあんまり仕事できないだろ、ヘマばっかで」
おれはちょっとした自虐を込めてそう言う。するとトミーは大きく横に首を振った。
「いいか、ちょっとした思い違いや失敗というのは、実に高度な人間の処理機構なんだ。命令されたことを確実にこなすだけのコンピュータとは違う。確率的に計算しただけで発話を決定して、平気で嘘をつくそこらのAIとも違う。我が社の最新の人工知能は、人間的にあなたの友人となり、人間的な創造を成し遂げ、人間的にちょっとしたヘマをやらかす__『R.U.R.U! いつでもあなたの暮らしのそばに。』」
トミーは自身たっぷりにそうのたまう。
「それに__その、おまえみたいにドジというか、そういうところもかわいい、だろ?」
「は?」
ふざけやがって。棺からはみ出して力なく横たわっているおれの分身が、いやでも目に入る。おれはすこし意地悪な気持ちになって、言う、
「なあこれ、R.U.R.U.を訴えたら、おれ、勝つかなあ」
肖像権なんちゃらによる精神的かんちゃらを主張しよう。そして慰謝料を元手に正式な職を探そう。
するとトミーは目を泳がせながら、
「……あー、ところで、ただいま我が社では、優秀な秘書を不運な事故でうしなったことにより秘書のポストが空席でありまして__フリーター大歓迎、ただし社長たる私の信頼できる人物に限るということで__」
なるほど。なんだかんだで抜け目のないやつ。でもこういうやつだから大企業の社長にまで上りつめたのかもしれない。
「まんじゅう」
「へ?」
「三時のおやつは洋菓子より、和菓子派なんだ」そう続ける。知ってるだろ?
ふへ、とトミーは妙な声を出した。そしてトミーはこう返す。
「了解、それで和解しよう」
ああ、それと。トミーはふと思いだしたようにつけくわえる、
「ロボットのおまえが復帰しだい、秘書は二人体制になる。労働環境の改善が見こまれるとともに、我が社の社長はつねにおまえといっしょに過ごせるので、労働効率の上昇も期待されることだろう!」
なるほど、それはそれは。こんどは口に出してこう言わねばなるまい。
「ふざけやがって!」
棺の前でトミーは笑いだす。つられておれも吹きだしてしまう。さっきの衝撃で、棺のなかのおれの首からは臓器みたいなコイルが見えている。頭からはほんとうにいくつもネジがとびだしている。最高に、最高に不謹慎なふたりだ。
あーあ。
かわいそうなおれ。勝手に理想化されて、勝手に造られて、おれの知らぬ間に死んでしまったおれ。機械じかけのおれ。また勝手に生きかえらされるおれ。ああ、でもおれはトミーがどんな人間か知ってる、トミーがどれほど優しくて聡明かを知ってる。彼の命の危機には自分だって彼をかばうだろうと分かっているから、なおさらたちが悪い。
棺のなかにおれがいて、棺のそとにもおれがいて、おれがおれを弔う。おれを弔ってくれるのは、おれと、トミーだけ。
まったく、へんな葬式だと思った。
__『R.U.R.U! いつでもあなたの暮らしのそばに。』
3
点
モモス
ノニバスさんの回答
「-1」とだけ書かれた看板がある
2
点
モモス
タイトルデザインさんの回答
「関西の芸人でシャンプーハットのてつじってのがいるだろ?ちょっと思いついたんだけどよ、あいつをビール缶のパッケージにして売るってのはどうだ?アサヒなり、サッポロなりやってくんねぇかな?…それが父の最期の言葉となりました」
2
点
モモス
エネ彦さんの回答
名前が思い浮かんだら、そいつも来たことにした
2
点
モモス
のっぺさんの回答
天気の良い日に庭でやろうってなった
2
点
モモス
及川広大さんの回答
ギリありそうな葬式屋の名前を言い合う
2
点
モモス
すじこさんの回答
何をやっとるんだと言われてすぐ片付けた
2
点
モモス
がく@さんの回答
生前はうるさかったので、騒音丸として送り出した
2
点
モモス
まごまごさんの回答
イス6個並べて棺桶置いてる
2
点
モモス